相次ぐ「値上げ」のニュースが話題です。円安影響もあり原材料価格が高騰する中で、スーパーや飲食店において値上げラッシュとなっていますね。
そんな中、あえて「値上げを取り下げる」行動をとっている業界があります。それが加熱式たばこ業界です。
たばこの価格というものは、通常の商品とは異なり簡単に変えられるものではなく、価格変更には財務省の認可が必要になっています。2022年10月のたばこ増税に向けて、たばこ会社各社は値上げ申請をしていましたが、一度認可された値上げを取り下げる再申請をたばこ会社は行っているのです。
加熱式たばこ「IQOS」で有名なフィリップ・モリス・ジャパン(PMJ)は、2022年10月1日からIQOS専用たばこを20円値上げする決定をしていましたが、これを取り下げる再申請を出しました。
PMJの動きを受けて、加熱式たばこ「Ploom」を販売しているJTも、Ploom専用たばこの値上げ予定を取り下げ。更に加熱式たばこ「glo」のブリティッシュ・アメリカン・タバコ・ジャパン(BATJ)も、値上げ予定だったものを取り下げる再申請を出しています。
8月25日:JTが財務省よりPloom価格値上げ認可
8月26日:BATJが財務省よりglo価格値上げ認可
▼—数日後値上げ取り下げ—▼
8月30日:PMJが値上げ取り消し再申請
8月31日:JTが値上げ取り消し再申請
9月1日:BATJが値上げ取り消し再申請
時系列をまとめると、一度全ての認可が出揃った後にPMJの値上げ取り下げ再申請をし、その直後にJTとBATJも値上げを取り下げています。
毎年8月に加熱式たばこの価格は値上げされてきましたが、値上げを取り下げる再申請をたばこ会社が出したのは、今年が初めてとなります。
なぜこのように値上げを取り下げる動きを各社がしているのでしょうか?
もともとの値上げ予定と再申請価格を確認
まず、もともとたばこ会社各社が出していた値上げ予定額と価格について、再申請した代表的な銘柄を確認していきましょう。当初申請分と再申請分とで価格が異なっている部分を赤字にしています。
フィリップ・モリス・ジャパン:IQOS
フィリップ・モリス・ジャパン(PMJ)は、IQOS専用たばこ全ての価格を20円値上げしようとしていました。しかし、再申請時点では、IQOS ILUMA専用スティックの値上げを取り下げています。
現行価格 | 当初申請価格 | 再申請価格 | |
---|---|---|---|
テリア | 580円 | 600円 | 580円 |
センティア | 530円 | 550円 | 530円 |
マールボロ・ヒートスティック | 580円 | 600円 | 600円 |
ヒーツ | 530円 | 550円 | 550円 |
フィリップ モリス社製たばこ製品の小売定価改定の認可再申請について
JT:Ploom
JTは、「PloomTECH」と「PloomTECH+」の専用たばこを600円に値上げしようとしていました。これを再申請時点で、値上げ額を抑えています。
現行価格 | 当初申請価格 | 再申請価格 | |
---|---|---|---|
メビウス・プルーム・テック専用 | 570円 | 600円 | 580円 |
メビウス・プルーム・テック・プラス専用 | 580円 | 600円 | 580円 |
JT:加熱式たばこに係る課税方式の見直しに伴うたばこの小売定価改定の認可再申請
一方で、高温加熱式たばこ「Ploom X」専用スティックの値上げは当初より行っていませんでした。
ブリティッシュ・アメリカン・タバコ・ジャパン:glo
ブリティッシュ・アメリカン・タバコ・ジャパン(BATJ)は、glo proとglo hyper専用たばこを20円値上げする予定でしたが、glo hyperの値上げを取り下げています。
現行価格 | 当初申請価格 | 再申請価格 | |
---|---|---|---|
ネオ | 560円 | 580円 | 580円 |
ネオ(glo hyper用) | 540円 | 560円 | 540円 |
ケント・ネオスティック | 500円 | 520円 | 530円 |
クールエックスネオ(glo hyper用) | 520円 | 540円 | 540円 |
IQOSの再申請がきっかけ?なぜPMJは価格再申請をしたのか?
価格再申請までの流れを見ると、PMJ、JT、BATJが申請し認可を受けた直後、PMJが再申請したことを受けてJTとBATJも後を追っているように見えます。
なぜPMJは価格の再申請をしたのでしょうか?この認識が非常に重要になってくるように思えます。
ここで当初の価格申請額を見ると、PMJはIQOS専用たばこを全てをもともと値上げしようとしていました。しかも大台となる600円にです。
一方、JTとBATJの申請分を見ると、JTの高温加熱式たばこ「Ploom X」においては値上げを実施せず、ワンコイン銘柄である「キャメル」は価格据え置き500円のままとなっていました。また、BATJの高温加熱式たばこ「glo hyper」においても「Ploom X」と近しい決定がされており、ワンコイン銘柄「ケント」は500円のままとなっていました。更にいえば290円銘柄「ラッキーストライク」も価格据え置きとなっていたのです。
「IQOS」は加熱式たばこシェアNo.1といえど、もし1箱あたり600円となった上で競合である「Ploom X」や「glo」が1箱500円だったら、1箱あたり100円の価格差が生まれてしまうのです。
・プルームエックスとグローハイパーは1箱500円(価格据え置き)
→1箱あたり100円の価格差が生まれてしまう
どの加熱式たばこを吸うか?様々な選択要因がありますが、1箱あたりの価格というのは非常に大きな選択要因になります。たばこは日々利用するものなので、この価格差はダイレクトに家計に関わってきますので、大きな影響を与えます。
PMJはこの顕著な価格差を許容できないという想いがあり、値上げを取り下げたのではないでしょうか。
そして、PMJの価格再申請を受けて、JTとBATJ両社も値上げを取り下げる動きを出しているように見受けられます。特に大きいのがJTのプルーム・テックとプルーム・テック・プラスの再申請で、600円となる予定だったものが580円に落ち着く決定を下しています。この再申請は確実にPMJの申請を受けての決定のように見受けられますね。
なぜJTとBATJはプルームエックスとグローハイパーの価格を据え置きにしたのか?聞いてみた
PMJがIQOSの値上げを取り下げた大きな理由として、競合高温加熱式たばこ「Ploom X」と「glo hyper」の専用たばこが値上げされなかったことにあると思います。
これはなぜなのか。なぜJTとBATJは値上げしない決定をしたのか。これについては直接聞かないとわからないし、回答を得られる内容かもしれないので、両社に聞いてみました。
JTの回答:RRP市場で事業成長をはかるため
アイコスさん
JT広報
※RRP = Reduced-Risk Products(喫煙に伴う健康リスクを低減させる可能性のある製品)
JTはグループとしてRRP市場での事業成長を狙っており、これを大きく掲げています。
JTグループでは、お客様の選択肢にフォーカスした責任あるイノベーションに取り組むことを追求しています。喫煙に伴う健康リスクを低減させる可能性のある製品(RRP:Reduced-Risk Products)のグローバル市場は成長を続けており、まさに私たちが責任あるイノベーションを実現する新領域と捉えています。市場はお客様により常に牽引されるとの認識のもと、たばこ業界のイノベーターとして、お客様の声にしっかりと耳を傾け、お客様のニーズに応えた高品質の製品を提供してまいります。
RRP製品として「Ploom」ブランドがありますが、中でもプルームエックスは最もユーザーからの人気が高い高温加熱式たばこジャンルであり、力を入れている製品です。ここの成長を更に加速させるために、値上げをせず価格据え置き決定をしたことが伺えます。
BATJの回答:幅広い製品を選べるように
アイコスさん
BATJ広報
BATJでは、幅広い製品の「選択肢を与える」ということを強く押し出しています。紙巻たばこも加熱式たばこも様々ある中で、最適な価格で提供するという想いを強く持っており、記者会見でもよくその思想を語っています。
そして、「市場競争力」と述べられていますが、加熱式たばこ市場における競争力をつけてシェアを拡大したい意向があることを伺えますね。
加熱式たばこの「熾烈な競争」から値下げ申請に至っている
JTとBATJ、両社の回答を鑑みると加熱式たばこ市場のシェア拡大をたばこ会社各社が狙っていることが伺えます。仮に損失が出たとしても、シェアを奪われるわけにはいかないーーシェアを獲得しなければいけない。この想いが現況では珍しい「値上げ取り下げ」へと至っています。
加熱式たばこの「独占性」という性質
「加熱式たばこ」という製品は独特なもので、強い「独占性」がある製品です。
これまでの「たばこ」…つまり「紙巻たばこ」は、ライターがあればどの銘柄でも吸うことができました。例えば今日は「マールボロ」を吸って明日は気分を変えて「メビウス」みたいなことが気軽にできたのです。
しかし、「加熱式たばこ」は違います。
「マールボロ」を吸うためにはIQOSデバイスが必要で、「メビウス」を吸うためにはPloomデバイスが必要なのです。
逆にいえば、IQOSデバイスを持っている人は「マールボロ」を吸えて、「メビウス」を吸うことはできません。加熱式たばこデバイスメーカーの銘柄しか利用できないのです。
これまでライター一本で共通性があったたばこは、加熱式たばこへと進化することで、強い独占性のあるものへとなってしまいました。一度デバイスを購入したら、他のメーカーたばこを気軽に吸うことができなくなってしまったからです。
加熱式たばこの「独占性」が熾烈な競争を生み出す
だからこそ、加熱式たばこメーカー各社は、熾烈なシェア争いを繰り広げています。なにせ、主要な収益源は「たばこ」であり、加熱式たばこデバイスが売れなくなったら、そのままたばこの売上がなくなるからです。
今回の値上げ取り下げは、このシェア争いの思想が発端となっています。
仮に赤字になってでも、今はシェアを獲得できる選択を取ることが重要なのです。この企業判断は、企業にとってみれば出血を伴う大変難しいものであると思いますが、お前がやるなら俺もやる精神で、値下げが連鎖的に起こるのも納得できます。
- メーカー各社が値上げを取り下げる動き
- 認可されたままの価格では、IQOSと他社メーカーで100円の価格差が発生してしまう
- 背景には加熱式たばこの熾烈な競争があった
はたして財務省から認可は得られるのか?→認可されました
フィリップ・モリス・ジャパン、BATジャパン、JT各社が価格再申請をしていますが、1週間経った今も、いまだ財務省からの認可は降りていません。
なぜなら一度値上げを認可しているものを取り下げるというのは、これまで財務省も経験がなかったことから、決定まで時間を要しているのでしょう。今後も加熱式たばこ業界の動向に注目していきます。
→ 9月14日追記:財務省が再申請を認可しました!
これで、加熱式たばこについては「あえて値上げしない」という流れが確定となりました。競争は更に加熱していくことが予想されます。